2007年9月23日
後立山連邦
八方・唐松岳の写真集
「仕事都合」の巻
前日の22日、山友のN村氏と現場にて久々に面会。
そこで、N村氏に打ち明けられる。
明日、朝8時に能生の現場に行かなければならないとのこと。
聞けば、先日まで数日通っていた現場が終了したはずなのだが、
遣り残しを気づかずに帰り、元請け企業に指摘されたらしい。
当社営業担当は、若君のH部長。N村氏の性格で、断れないのであろう。
私からH部長に電話を入れ、明日の8時意外の時間に変更できないかと交渉する。
H部長と元請け企業との何度かのやり取りと、私とH部長との交渉により、
夕方5時ならOKということになる。

しかし、八方のゴンドラが7時30分にならなければ運転は開始されず、
八方池山荘からのスタートは、早くても8時過ぎとなる。
片道は4時間かかるであろう。休憩して下山しても4時間必要だ。
八方池山荘からリフトとゴンドラを乗り継いで駐車地点に戻れるのは、4時30分。
このままでは明らかに遅刻してしまう。
スケジュール変更か・・・?
前日夜遅くまで迷うが、予定通り向かうことに。
休憩時間を節約して、万が一山頂に行けなかったら、その時点で戻れば良いという決意で向かう。

当日の車中で、N村氏にそのことを告げ、予定通り歩き始める。



時間との戦い」の巻 八方・唐松岳の写真集
八方スキー場には少し早めに到着。
ゴンドラ駅にはすでに20〜30人ほどの登山者がゴンドラの運転開始を待っていた。
ゴンドラは悔しいほど正確な時間に運転が始まる。

周囲は霧に覆われ寒い。ゴンドラを降りてリフトに乗り換えると、
リフトが濡れており、従業員が一台一台座席を拭いている。

でも天気予報ではそれほど悪くはならないはず。
せめて合羽を着るほどの雨にならなければ良いが・・・。

ゴンドラとリフトを3回乗り継ぎ、八方池山荘前に到着する。
8:15
予定通りスタートする。

いきなりルートが二つに分かれ、右の尾根ルートを歩く予定にしていたのだが、
前を行くN村氏が左へ進み、私も疑いも持たずに左へ進んでしまった。
このルートはいずれ合流するので問題はないが、尾根のほうが景色が良いから選んだだけである。
しかし今日の天気なら景色は見えまい。帰りにそちらのルートを歩こうとN村氏に伝える。

8:43 第二ケルン、
8:56 八方ケルン、
9:05 第三ケルンと、予定時間を短縮してクリアする。
第三ケルンでは、八方池がやっと見える。
前回訪れた時のイメージより池が小さく感じ、「これは八方池ではない、まだ先にあるんだよ」と言ってみるが、
どうもこれが八方池のようである。

少しだけ休んで、歩き出す。丸山ケルンはここから1時間も先だ。
まもなく下の樺付近に付き、懐かしいダケカンバと出くわす。
この思い出は、下記に記述しよう。

10:02
扇の雪渓に着き、一休み。
霧の露に浸ったナナカマドの葉と、その実がすごく映える。
第二ケルン手前で上着を脱いでTシャツになっていたが、ここで休むと汗が冷えだし寒い。
ちょっと空腹感があり、ここでおやつを少し。
ここでも長時間休憩は許されない。それでも15分ほど休んだか。早く先へ進もう。

10:45
丸山ケルンに到着するも、10分ほどの休憩。すでに11時近い。
17時に能生へ戻るとするなら、山頂を12時に降りてこなければ間に合わない。
ここから山頂小屋あたりまで1時間近くかかろう。
そこから一気に登り進める。
N村氏が一番気をあせらせているに違いない。ドンドンと先へ進む
私のふくらはぎが痙攣を起こしそうな前兆が・・・。無理な歩行はできそうにない。年だな・・・。

11:40
頂上山荘に到着。
今から山頂に行っても無理すれば間に合う。しかしお昼休みもない。
N村氏に伝える。「今日はここで折り返しましょう。」
本人にも安堵の表情が。
心に決めた20分の休憩時間を10分のみ延長して、景色を満喫する。

12:10
下山を始める。
2時間ほどでリフト乗り場に到着してしまった。
はぁ〜!
こんなに早く着くなら、山頂まで行けたかも?

でもね、難なく歩いたから時間が余っただけで、何かトラブルがあれば、仕事までトラブルになっちゃうことを考えると、
これはこれで良しということで・・・。


でも満足だった八方」の巻 八方・唐松岳の写真集

折り返した頂上小屋は、頂上小屋と言っても頂上に近いというだけで頂上にあるわけではない。
小屋から見える唐松岳は見事であった。
また晴れていれば、後立山連峰が見事に見えるはず。
この日は雲に覆われていたが、それでも剣岳が顔を出した。先月、立山連峰のひとつ別山の山頂から間近に見えた剣岳だ。
「今度おいでよ」とでも言わんばかりに・・・。

3年前の5月2日だったかな?にここを訪れた時、カバノアナタケが話題になっており、ダケカンバの根元から4mほど上の幹に、
大きなそれらしきものが生えていた。
これほどのサイズなら7〜8万はするだろうと囃していた。
結果は、カバノアナタケではなく、サルノコシカケであった。
写真は、当時同行したM元校長が棒切れを持って意気込んでいる写真である。
言うまでもなく、目の前にその対象となる木があったのだ。
大きなサルノコシカケをもぎ取るために皆一生懸命になるが、通行する登山者も多い。
M校長はつぶやいていた。
「このまま放っておけばダケカンバが枯れてしまう」とか、「研究のため」とか、
周囲に聞かせたいような聞かせたくないような小声で・・・。
それは、完璧に都合の良い言い訳であり、カバノアナタケが目当てであった。
「もしカバノアナタケであったら、宴会は豪華にできる」。それだけであった。アハハッ!

このサルノコシカケ、登りで挑戦したが、もぎ取ることはできず、
下山時に再度挑戦し、ケロヨンさんがザイルを持ち出して、見事成功したのだ。
そのサルノコシカケが今も我が家にある。程よい乾燥と埃が・・・。

唐松岳は、時間にゆとりさえあれば、慣れない女性でも意外に楽に登れる。幼い子どもも見かけた。
女性陣には、子どものお守りだと言い訳してもらって、まるまる倶楽部のみんなで登りたいものだ。


元校長の活躍
覚えていますか、この雲海

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